■汁物日記
とうとうNisshin CapNoodle(ミニ)に手を出してしまいました。
真夜中に染み入る、ふるさとの味(やや化学的)。
■5日目の気づき
▼しゃべることについて
・こちらに来てから、かつてないほど英語がスムーズなのですが、
これは英語が上達したと言うより「シンプルに話す」訓練を
積み重ねた結果であると考えています。
・思わず色々説明しそうになるわけですが、日本語で話す時でさえ
「何がスティックするのか」、「どこに重きをおくのか」に意識を払う
ことで、もっと深いやりとりができるのかもしれません。
・また、かつて、とある無駄口が少ないことで知られる
革新的社会起業家(医療分野)はいいました。
「できるだけ語数を減らして話すようにしている」と。
・非常に洗練された感のある、英語のプレゼン。
それらは、ポエムあるいは絵画のように心にスティックします。
つまり、プレゼンにおいては、メッセージあるいは印象をスティックさせればよい
という、ほどよい諦めと伝えたいことの尖鋭化が重要であるようです。
いっそ「後でお話ししたい!」と思ってもらえるだけでもいいのかもしれません。
・これをとあるBANBANは「直接ではなく再構築して伝える」と説明しています。
井上さんの命を受けて訪問したバルセロナにて、ピカソから啓示を受けたそうです。
■ ■ ■
・ネイティブのように超スムーズに会話する必要はむしろない。という気づきもあります。
英語力=スティック度=リレーション構築度は比例しません。ほんとに比例しない。
(もちろん、インタビューに答えられたりすることは必要だけれど)
・説明しすぎない、ということを説明しすぎているので、次へ。
▼日系人という存在
・まずは日系人でもないのだがとてつもなく熱いお方について。
その名をJanさん(女性)と言います。Panama Hotelのオーナー。
名前はいっそ忘れて「ドーラ」と記憶しましょう。これもスティッキネス。
・このホテル、日本人街に位置する歴史的な建造物です。
もちろん構造だけでなく、まつわる人の話がそのまま歴史になっている。
・このホテルを、有り金はたいて(というような表現だった)買い取ったJanさん。
イタリアで美と歴史に目覚めたそのスピリットでもって、
以来一人でハンマーを持って、日々改修を続けることになったとのこと。
・彼女の目下の目標は、ホテル横の地下室に打ち捨てられた「銭湯」の復興。
相当なこだわりです。日本語で経緯をこめて「おたく」と呼ばせていただきたい。
それは手伝いたい、というドーラの同志は、以下のURLへ。
「私は誰のメールも見ないし返さないわよ!」とおっしゃっていましたが、
日本人のインターンがいるので大丈夫です。
http://www.panamahotel.net/
・ドーラ(Jan)に圧倒されつつ、Artist for Japanのパーティーへ。
震災後に10万ドル以上の寄付を集めた、日系人アーティストを
中心としたコミュニティです。場所はHIGOという、これまた
Japanese Americanの歴史の象徴のような素敵なギャラリーです。
・311の後、志あるアーティストが作品を寄付し、販売。
お店の外まで並ぶほどの盛況の中、上記の寄付を集めたそうです。
参加者数はなんと1,000人以上。こういった人たちの活動の上に、
僕らの復興への挑戦は成り立っていたのです。
・「寄付しても、何の連絡もないとちょっとがっかりするね」という彼ら。
そりゃそうです。ゆえに、僕らはきっちりと、現場で何がおきているか、
寄付が何を支えたのか、を伝えないといけない。
レポートには魂をこめなければいけない、と心から思います。
・日系コミュニティ、特に数世代だったJapanese Americanの方々の
日本のコミュニティとつながりたい、という熱意はすごいものがあります。
戦前戦後の厳しい時代を乗り越えても、なお残っているこの情熱。
・被災地でがんばっている人々の中にみるものを、
僕は彼らの中に同じように見つけることができます。
そこにはJapanese Authentic Entreprenershipとでも
いうべき精神が流れているようでした。
・その後、HIGOの店主と盛り上がりすぎ、帰りそびれる。
気づいたら亮さん以外Deligatesが誰もいないという状況に。
帰るとホテルの自室には、大量の唐揚げが私を待ち受けておりました。
・続く。
Hide inoue Says:
おもしろい!しゃべることについて、は超共感!ほんとうにそうだよね、心かげよう〜〜!
続きがきになるぞ・・・ Karaage–!