iLEAPの教育力

―不思議と心が開くこの場で、自分に戻り、世界を眺め直す―

駒澤大学文学部社会学科教授 李妍焱

iLEAPの名前はここシアトルにやってくる前に、友人の伊藤健さんから聞いていたが、5カ月以上経っても訪ねる勇気がなかった。「もっと英語力が上がってから」、「もっと情報を集めてから…」と。ベテランの教育者と自負する自分なのに、一歩を踏み出すのはこんなに難しいことだったのかと、改めて気づかされた。

しかし、最初の一歩を踏み出したら、次の発見と体験に続くドアが自然に次々と開いていった。

静かで緑豊かな住宅地の真ん中にたたずむ風格あるビルの4階に、iLEAPの不思議とくつろげる空間がある。スタンドガラス越しの日差しの輝きに見惚れ、看板犬のレイアちゃんに好かれ、雑談をしていくうちにiLEAPの新しいパンフレットを一緒に作ることになった。夏休みに日本からやってきた学生たちにも出会った。ホールのソファでもミーティングルームでも、みんなやはり「妙に」のびのびと、堂々としていた。

プログラム参加中の学生たちに話を聞くと「すべて受け入れてもらえるからかな。なぜか素直になれる」、「気づいたら親友にも話したことがないことを知り合ったばかりのメンバーに話していた」、と口々に言う。

自ずと落ち着き、心が開いていくのを感じるのは私だけではないようだ。プログラムの卒業者が「実家に戻る」感覚でここに戻ってくると伺った時には、「そうだろうな」とすんなり納得した。この空間が、iLEAPを特別な場所にしているのは間違いない。

iLEAPオフィスのエントランス
看板犬のレイアちゃん

ただ、空間を創り出すのはモノではない。人だ。この空間はどうやってできているのだろうか。ここだからこそできることは何だろうか。

好奇心をくすぐられ、秘密をのぞいてみたくなり、またパンフレット作成の一環という目的もあり、スタッフにインタビューを申し出た。創設者のBrittさん、そしてスタッフの恵(けい)さんと悠(はるか)さん。3人のライフストーリーやiLEAPへの思い、教育のとらえ方、自分自身のとらえ方、日本社会と日本の若者の見方、プログラムへのこだわりなど、じっくりと話を伺った。インタビューを終えた自分の中には、暖かくてずっしりと重さのある感覚があった。「腑に落ちる」というのは物理的に感じられるのだなと、これも新たな気づきだった。

日本と特別な縁を持ち、25年以上関わってきたBrittさんは、日本の若者たちが授業にクラブ活動、アルバイトと日々のスケジュールに埋まり、「自分自身と向き合う時間と余裕が持てない」と強く感じているという。彼らは「学校で何をやっているのか、何が好きなのか、といった質問には答えられるが、“What do you care about? What is important to you? What do you love?”といった人間の根幹に関する部分の質問をすると途方に暮れる」。人間としての「根っこ」を強くしていく場、Brittさんのこの思いがiLEAPの出発点だった。

代表のブリットさん

大人になるまでずっと日本で教育を受けてきた恵さんは、「正解」を求めるように教える日本の学校教育では、「その人自身が本来持っているものが生かされない」という。「いろんな人がいろんなものを持っていて、でもその人自身には見えていないというのは、すごく幼少期の時から感じていた」と恵さん。

子供時代から、なぜか自閉症や学習障害を持つ子たちが周りに集まってきたと語る。周りがその子たちが持つ才能が全く見えず、本人にもそれが見えていないことに胸を痛め、それぞれが自分の本来持つ良さに気付ける教育を志すようになった。しかし当時の自分にそれができるという自信がなく、「修士の学位が自分に自信を与えるのでは」と期待してアメリカの大学院を終えてみたものの、学位証書から自信を得た感覚はそれほどなかったという。

「そこで気づいたのが、人は外側に外側に向けて答えを必死に見つけようとするが、実はそうではなく、内面にすでに答えがあるし、いろいろな能力もある。そちらに気付いて目を向ければ自然と自信もつき、自己受容につながるのではないか、と。2年間寄り道をして初めて気が付いた」。それが恵さんのライフワークを決める大きな気づきとなった。iLEAPでの恵さんのスタイルは、「どんな参加者に対しても、何か欠けているのではなく、すでに必要なものは持っていると信じる」ことだという。「答えは外ではなく、その人の内側にすでにある。iLEAPのプログラムで、その人自身が自分の内側にあるエンジンが見えるようになったら、その後も自分の人生をより豊かに導いて生きていけると思う」。

スタッフの恵さんと

Brittさんがいう「人間の根幹」は、恵さんにとっては「誰もが持っている内なるエンジン」だった。iLEAPでその「内なるエンジン」を実際に発見したたのが、悠さんだった。

悠さんにとって、自信がない、自己肯定感が低いなどといった日本の若者が抱く課題は決して他人事ではなく、自らが悩み抜いたことでもある。「学校の中でみんなと違ったらだめ、列を乱したらだめ、他の人と同じじゃないとだめという環境は、私はすごく苦手、それがすごく自己否定につながっていた」と悠さん。人と比較することでしか自分を評価できず、すぐに自己否定モードに入る「癖」は、今でも尾を引いているという。負のスパイラルから抜け出すために試行錯誤している過程でiLEAPに出会い、「自分のような悩みを持つ若者をサポートしたい」という想いを持ちスタッフに加わった。

iLEAP参画から一年後、参加者としてプログラムを経験した際、ファシリテーターだった泉さんから言われたシンプルな一言が、悠さんを長年捕えていた負の感情を一気に払い去ったという。「それがすっごいパワフルで、その言葉を言われた瞬間に自分の中で何かが崩れて、もう一気にすっきりして、いろいろとクリアに見えるようになった。…今まで自分が思っていた思い込みとかが全部、勝手に作り出していたケージで、自分で自分を制限していたけれども、もともとそれはなかったんだということに気づいた」。人によってプログラムから得られる学びや気づきはそれぞれだという悠さん。しかしiLEAPでは「魂レベルの学びができる」と、自らの体験から確信が得られたという。それはまさに彼女の「人間としての根っこ」、そして「内なるエンジン」への気づきだったのだろう。

ファシリテーションをする泉さん

「本当の意味で自分が受け入れられると感じられれば、自分に自信を持てるようになり、本当にやりたいことが見つけられる」。そう気づいた悠さんはiLEAPでの仕事によりやりがいを感じるようになった。参加者に「本当の意味で自分が受け入れられる」と感じさせるプログラムをどう提供できるか、日々の仕事で学んでいるという。「参加者と接する時はできるだけassumption(固定概念)を持ち出さない、judgement(判断の押し付け)をしない。それはiLEAPの方針で、恵さんから一番学んでいる。恵さんは、judgementは繋がりを絶つだけで、他に何も生み出さないと。かっこいいんですよね」。

プログラムに参加者としてかかわった悠さん

iLEAPでの学びはうわべの技術ではない。「外側」から持ってくる飾りつけでもない。自分の根っこ、自分の内なるエンジンへと続く入口の発見の手助け、それがiLEAPのプログラムが追求する学び、悠さんがいう「魂レベルの学び」。それを支えているのは、iLEAPという受け入れる器の大きさ、懐の深さ、暖かさとしなやかさなのかもしれない。

この器を調合し、ベースを固めたBrittさんは、ファーマー(百姓)の経験を持つ。植物の成長から人間の育ち方を学べると語る。「教育とは、安心して自分から成長していける場を整えることだ」とBrittさんは言い切る。「自分から成長していける場」に必要なのは、「自分をとことん深く語っても安全」という安心と信頼の感覚と、「そんな自分を受け入れてくれる人がいる」という「確かなつながり」の感覚だという。そのような感覚が確実に得られる場として、iLEAPの場づくりが進められている。物理的な空間、配置、スタッフの基本的な仕事の姿勢、パーソナリティの活かし方。どんな参加者に対してもジャッジメントを持たず、自然体で接する恵さん。参加者の悩みや希望にたくさん共感し、参加者の目線に最も近いところでサポートする悠さん。根っこや内なるエンジンへの気づきにつながるポイントを熟知しているBrittさん。彼らがここの場を創り、ホールドしている。

日本国内で同じことはできないのだろうかと質問すると、Brittさんは、日本を離れているからこそできると強調する。「大事なのは、時間とスペース。それはまさにiLEAPが提供できるもの。ここは日本と全く異なる時間と空間を参加者に与えられる。日々のルーティンから離れ、ノイズから離れ、ほかの人たちとともに日本社会のしがらみから一切解放されたこの空間において、はじめてほかの人たちに、あなたは何者なのかを示すことができるのです」。あなたの肩書、あなたの仕事や勉強のルーティンから離れて、それらに頼らずにあなた自身をほかの人に表現する。それがすべての始まりとなる。

日本の若者たちにセッションをするBrittさんと恵さん

キャリアデザインの重要性が叫ばれ、若者に対して各種スキルや能力への要求が目白押しに提起される中、だれがどのように彼らに、人間としての根っこ、内なるエンジンへの気づきを促し、内側から湧きあがるモチベーションと活力の源泉を持つ大人へと育て上げていくのか。iLEAPはまだ模索の途中にある。しかし、日本を遠く離れるこの地だからこそ、Brittさんと恵さん、悠さんだからこそできる仕事があると、三人へのインタビューとこの数カ月の観察を経て、「腑に落ちた」のであった。

(2018年12月21日掲載)

この記事はパンフレット作成のための情報収集一環として行われたスタッフインタビューを記事にしたものです。李妍焱さんのご協力の元完成した、iLEAPのメッセージがたくさん込められた新パンフレットはこちら

インタビュアー・執筆

李妍焱  リ・ヤンヤン

駒澤大学文学部教授/日中市民社会ネットワーク代表


1994年に来日し、東北大学で社会学の博士号を取得。専門は市民社会論。大学で教鞭をとる傍ら、日中間でソーシャル・リーダーの交流研修活動を主宰。著書『中国の市民社会』(岩波新書, 2012)、『下から構築される中国』(明石書店, 2018)など。2018年にシアトルで在外研究中にiLEAPと出会う。

iLEAPスタッフ

ブリット・ヤマモト

創設者、代表


ヤマモト泉

シニアアドバイザー、共同設立者


エリクセン恵

プログラムディレクター


永野悠

プログラムアシスタント


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